首相公選制(2)

首相公選制(2)

★派閥はなぜ生ずるか
 かつて90年代に自民党が政権を追われた際、派閥を解消するということを公約した時
期がある。忘却のかなたの出来事ではない筈だが、最近の派閥の組み替え劇を見ている
と、また堂々と大手を振って派閥作りに動いているようだ。自民党の加藤氏が蒔いた種
が、変な形で芽を吹き出しているということでもある。加藤氏の件は自業自得といえばそ
れまでだが、永田町の議員さんは、政局劇に何も学習をしていないようだ。
 ことほど左様に、国会議員の中から国会議員による首班指名選挙で首相を選ぶ、という
仕組みこそが派閥を生み出し、利益誘導型の政治の基盤となっている。首班指名選挙で首
相になるには、まず多数党の中で多数派を占める必要がある。そのためには党の中で自分
の仲間を増やす必要があり、それが派閥になる。そこで、首相になろうとするものは、政
党の派閥の連合から選ばれるので、党の重要ポストをいくつ歴任したかという実績と、親
分肌のリーダーシップの発揮が重要となる。したがって、派閥の動向に気をつかい、派閥
をまとめるために骨身を砕く。派閥の領袖は野卑な経済的仕組みを直接的・間接的を問わ
ず、産業界・官界に張り巡らし、要するに民から搾り上げた金が集まる仕組みを作り上げ
る。KSD問題にしても、外務省の公金横領事件にしてもそのいい例だ。そして首相にな
った者は、派閥が反逆すれば直ちに首相の座から転落するので派閥間の調整保持に精力を
使い、腰を落ち着けて長期政策や画期的な政策を果敢に断行する余力がなかなか出てこな
い。断行した内閣は、すぐ退陣の憂き目に遭うからである。行政改革を唱えて省庁再編ま
での動きをリードした橋本内閣が良い例だ。今の現状をみるに、果たして橋本さんは功労
者といえるのか。答えはNONである。看板の掛け替えに貢献しただけだ。

★族議員はなぜはびこるか
 また、派閥と政治資金ほど切っても切れない関係にあるものはない。議員の側から見れ
ば、派閥に入る最大のメリットの一つが政治資金で、お金を頂こうという魂胆がその背景
にあることは疑いようがない。派閥の領袖の側からいえば、金と人脈こそが派閥を動かす
からである。その政治資金は、政党助成金にとどまらず、産業界、労働組合、その他のパ
ーティー券、陳情組から入ってくることになっている。 
 KSDに例えていえば、議員(辞職した小山議員)が特定財団の利益誘導のための国会
質問を行い、秘書の給与をKSDに丸抱えさせ、その結果として「ものつくり大学」とや
らの国家予算をKSDのために組み込んだということだ。それぞれの政策分野に特化して
ロビイスト活動を行う族議員は多く存在し、それらの有機的集合体が派閥化しているとい
うわけである。一方、財団側も、国の資金誘導のため自民党議員の数十人に対して高額な
献金を行い、政策分野で対立野党の一部に対しても根回しの金を配るといった細かい芸も
用いている。要するに、個々の族議員と政治資金の提供や選挙での支持を軸としたギブ・
アンド・テイクの関係が築かれているのである。そこでは、自民党という政党との結びつ
きよりも個々の議員との結び付きを基本としているが、首相の権限を裏で左右する程の力
をつけるに至っている。それが族議員である。
 アメリカなどは2大政党制が根付いているため、ロビースト活動があったとしても、政
権の交代ということで、チェックアンドバランスが果たされている。公共事業の官制談合
だの、公金横領だのとといったことは、極めて日本的現象ではあるが、派閥にしても、族
議員にしても、今の議院内閣制の温存がある限りこれはなくならない。なくせというのが
政治的仕組みからいって無理なのでなかろうか。したがって、「不正は起こる」というこ
とを前提とした、一歩進んだチェックの仕組みとして、首相公選論、直接選挙論、国民投
票論がでてくるのである。

★間接民主主義の限界
 間接民主主義と呼ばれている私たちの今の政治の仕組みが、どうにもこうにも行き詰ま
っている感じがある、例えば住専の関係の予算を国会で通したときも、国民の9割近くが
反対していた。つまり主権者である国民とその代表との間に非常に開きがでてしまってい
る。無知な大衆に迎合すればポピュリズムになるなどという者もいるが、民意に反した正
義などあり得ないことをまず第一に考えてみることだ。政治は一部の者のためであっては
ならないのだ。一方で、最近の選挙での投票率の低下を「仕方がない」と、あきらめた受
け止め方をする人が5割近くを占めている。また、低下の原因については、5割が「投票
しても政治が良くならない」と回答、低投票率の背景に根深い政治不信がある実態を示し
ている。
 今の日本の政治の仕組みを考えてみると、国会議員は直接選挙で選ばれている。それか
ら司法の場合も、最高裁の判事は国民による信任投票がなされることで、やはり直接民主
制になっている。しかし行政府の長は国会から選ばれて、民意が直接反映するシステムに
なっていない。それを直接民主制に変えることで、日本はより民主国家になるし、国民は
政治に向かって関心を深め、責任感を持つことになる。首相の方も国民に対して責任ある
言動を取るようになる。これが直接民主制だ。
 首相公選制を中心とする三権分立型中央政治機構にあっては、立法府、行政府及び裁判
所の相互間の独立性がより公平に確保される。日本では、従来、一方において戦前のごと
く国会の権威が弱く、ややもすれば行政府に立法・司法が隷属しようとしたり、又戦後の
一時期の如く国会や政党が必要以上に行政府に干渉して政治の秩序を乱した場合が多い。
首相公選制を中心とする三権分立を確保することによって、国会は国会として独立の権威
を発揮し、行政府は行政府としての独立性を回復することができるものと期待される。 

★直接民主制のすすめ
 首相公選の調査は極めて少ないが、日本経済新聞による調査結果がある(1999年9
月20日付け・318人から回答)。これによると、首相の選出方法については「現在の
国会議員による投票でよい」との答えはわずか11%。全体の63.8%の人が「公選制
を採用すべきだ」と回答している。「公選制にすべきではないが何らかの形で現在の選出
方法を変えるべきだ」という意見も加えると、実に全体の84%以上が現状の首相の選出
方法を見直した方がよいと考えている。首相公選を支持する理由で最も多かったのは「よ
り民意が反映される」の52.9%、「首相が与党内の権力闘争に巻き込まれることが少
なくなり、指導力が高まる」とする意見も18.8%あった。
 首相公選論は直接民主制の粋であるが、その直接民主制の効能の一番目は有権者の政治
課題に対する関心が上がるということにある。具体的に言うと、投票率にそれが反映する
ということである。現在の選挙における棄権率は国政選挙においては非常に高い。しか
し、原発誘致反対で揺れた新潟県の巻町では住民投票率88.29%という驚異的参加率を
示した。同様に1996年の沖縄県における住民投票では、投票率は59.5%あり、こ
のうち米軍基地の存続に反対票を入れたのは89%であった。したがって直接民主制は国
民の政治意識を確実に引き上げるということができる。
 議会制民主主義では、選挙民の候補者に対する信頼が土台になっているが、我が国の場
合、既存政党不信の中で平均的な選挙民は、自分らの選んだ代表者の政策執行能力に疑問
を持っている。これは、代表者をフリーハンドで信じられないというレベルまで、選挙民
の能力が向上してきているということではないか。いまだに古い議員には、「国民にわが
ままをいわせていたら法秩序が乱れる、議員はポピュリズム迎合であってはならない」と
いう意識が強い。だが、時代は議員エリートの時代から大きく変わった。議員は、国会に
おいても国民から直接的に退場を命じられる環境に移ってきたといえる。この1年で何人
もの人が国会を去っている。高度情報化社会のなせる業である。
 スイスの場合、国民投票(議会の議決を得た法律を発効させるか否かを問う<国民表決>)
を行うためには、有権者5万人もしくは8州の請求があれば実施できると憲法で定めてい
る。イタリアの場合は、同じく有権者50万人もしくは5州の請求があれば実施できると
同じく憲法で定めている。この5万人、50万人という数を日本の人口の比率どおり、ス
イス×20倍、イタリア×2倍にすると約100万人ということになる。これは日本の有
権者のほぼ1%にあたり、署名活動が必要であればIT登録で1週間も必要ない期間で集
まる水準である。

★直接民主制下における政党の責任とは
 政党の責任は明確な政策を打ち出すことであり、党員・支持者はそれを目安に政治に間
接参加することになるが、「集団的自衛権」「経済」「福祉」「教育」「外交」といった
一般的なことに対しての政策を明示すればよい。選挙民にとって、殆どの政策項目につい
てはA党の政策に賛成できるが、原発、集団的自衛権については賛同できないという話は
当然のことながらありうる。A党を支持したら何が何でもすべて支持するということでは
なく、最大公約数的なものと思えばよい。その意味で議員は選良ではなく、議員バッヂを
つけたからといって特別のエリート視をされる時代ではなくなった。多少給金が良いだけ
の話で、よりハードな仕事をするわけであるからそれは当然のこと。2,30年前と大き
く違う点は、国民から常時監視される時代に入っているということだ。民主党で若い山本
議員というのが、議員を辞職しているが、これなどもそのいい例である。国民は、真の意
味で大きな政策を執行するリーダーを求めているのであって、21世紀型のステーツマン
を求めているのである。金まみれの人間には勤まらない。

★主権在民の本質と国民投票
 近代社会での民主主義の「源泉」は主権在民、すなわち国民主権であり、議会は主権行
使の手段でしかない。したがって、ある案件について国民と、議会の両者の意見が異なっ
たときは、後者が前者に合わせるのが当然の論理である。しかし、我が国では多数党、連
立徒党の論理で議会が国民を無視して事を運ぶ傾向がある。確かに、国民がすべての面で
自らの手で関与する必要はない。しかし、議会が国民の意志(マジョリティーとしての)
をくみ取らない場合はこれを制御し、国民自らが自己の意思を具現化する手段を持たねば
ならない。この手段を国民が持たなかったとしたら、一部の徒党を組んだ与党議員に国民
は服従させられることとなり、民主主義は成り立たない。しかし、国民投票制度があれば
(すべてのことについては不可能だが)重要な案件について、こういった矛盾を避けること
ができる。ここ数年来繰り返されてきた、住専の税金処理に始まって、国民の預金金利の
収奪による銀行への税金の投入、元本を割り込んだゼネコンを自然淘汰さすことのできな
い日本等々、国民主権が担保されていない現状はもはや限界に来ている。したがって、こ
の辺で、選挙民は通常選挙においてはA党に投票し、原発に関する国民投票に際してはA党
と異なった自分の考えに基づいて一票を投ずるという選択肢を残すことによって、国民主
権を担保する新しいシステムを導入する必要がある。
 国民投票制度採用の他の利点は、議会の質の向上、派閥の解消などである。すなわち、
重大な政策の最終的な決定権(国民投票による承認)が、議会から国民に移ると、議会は
いいかげんな法律や筋の通らない法律を安易に作ることが出来なくなる。なぜなら、そう
いった「不良品」は間違いなく国民の拒否によって否定されるからでだ。議会の権力の回
復を真剣に望むのなら、むしろ国民投票制度を導入することでもたらされる効果によっ
て、議会や議員の腐敗を一掃し、国民の信頼を取り戻すことを考えるべきである。市民と
議員の結びつきを再構築するという点で、国民投票には大きな意味があるのである。

★首相公選制を視点に入れた憲法改正の要点試案
 首相公選制度と憲法改正は一対のものであり、すでに、1961年には中曽根試案がで
ている(備考参照)。ここでは、21世紀型の提言として要点試案の形で整理をしてみ
た。
憲法そのものの改正は必要である。仮にどのように優れた憲法であっても、21世紀の試
練に耐えうるものに今の内に変えておく必要がある。

1.先ず現在の議院内閣制を規定する憲法の改正に取り組まなければならない。
2.国家元首は天皇陛下であることを国民投票にかけた上で正式に認知する。
3.憲法第9条など、あいまい条項をも改正させることを考えるべきである。
4.国民投票にかけるレファレンダム条項を網羅的に明記すること。
5.憲法96条にあるように、現状では憲法改正法案が衆参両議院の総議員から3分の2
以上の賛成を得て、その上で、国民投票で過半数の賛成を得なくてはならないことになっ
ている。統制経済の名残のような憲法改正条項を21世紀にひきずるべきではない。
6.国民投票によって、国民自らが選出した首相は、4年間の任期をもち、その間の地位
は保証される。ただし3選を禁止する。                              
7.首相(内閣)に対する不信任案(リコール)発議は国民を代表する国会議員もしくは
100万人以上の有権者の署名で国民投票にかけることができる。これに対して首相は国
会の解散権を持たない。
8.これにより、内閣総辞職以外に、不毛な総選挙という税金の無駄使いをさせない。
9.公選の立候補者に関しては、30人以上の国会議員の推薦または5万人の有権者の推
薦を必要とし、IT投票推薦を妨げない。
10.閣僚と国会議員の位置関係について、今まで通りこの二者の兼職を認めるものの半
数は兼職を認めない(派閥の防止と、国民感覚の醸成のために)。

次号では日本国憲法の斜め読みを扱いたい。

備考:
 首相公選論は、憲法改正論の一形態として、自民党の中曽根康弘衆議院議員によって提
唱された。憲法調査会第60回総会議事録所収の中曽根見解(1961年10月11日)、
吉村正編 首相公選論所収の中曽根康弘『首相公選論の提唱』(1962年弘文堂7頁以
下)によれば、首相公選論の内容は、次の通りである。

1 現代の日本の政治の欠陥は、
a) 派閥政治(政党も国家も派閥本位で動かされ、首相や大臣の公の地位が派閥間の取引き
の材料にされている)、
b) 極端な政争(日本のように政党間の政争が激しい国は、世界の一流国にはない。乱闘や
暴力をさけようとすれば、重要法案や重要条約をひっこめる以外にない。これでは責任政
治が行なえない)、
c) 政権の不安定(一年毎に内閣の改造が行なわれて、首相や大臣が代っている。戦後の大
臣や政務次官の平均任期は、約7カ月である)、にある。
? 以上の欠陥は、イギリスを手本にした現在日本の議院内閣制がゆきづまりをきたしてい
るところにある。すなわち、
a) 国会議員が首相や大臣や政務次官になるので派閥がはびこり、
b) 国会から首相が選出されるので、国会が闘争の場となり、首相の地位が不安定となると
ころにある。
? この欠陥を除く方法は、現在の議院内閣制を廃止し、国会と政府、議員と大臣との直接
の結びつきを切断し、三権分立を明確にして、首相は直接国民投票によって公選して、一
定の任期を与え、解散を廃止し、国会は立法府として法律・条約・予算をつくり、政府を
監督し、政府は執行府として、法律・条約・予算を執行し、裁判所は司法機関として法律
を解釈する、ことにすればよい。

2 首相公選下の中央政治機構の大綱については、次の通りである。
? 内閣首相・内閣副首相は、直接の国民投票に基づき、その過半数を得た者を天皇が任命
する。内閣首相同副首相は、一対となって立候補する。任期は各々四年とし、同じ任期の
衆議院議員の選挙と同時に国民投票を行なう。但し、三選を禁止する。
? 国会は衆議院及び参議院より成る。
? 憲法上の存在として、中央選挙委員会を独立させ、国民投票の実施及び監視、特定の選
挙法規の策定及び管理を行なう。
? 政策の国民投票実施 内閣首相と衆議院(条約については参議院も)との協議手続を経
て、重大政策について、政策中心の国民投票を行なうことを憲法上認める。
? 天皇と内閣首相との関係 天皇は現行法通りの国家の象徴及び国民統合の象徴であり、
天皇の地位に変更はない。

3 内閣首相同副首相国民投票法の要綱については、次の通りである。
? 直前に行なわれた国会議員の総選挙で、一定得票をした政党(または、政治団体)だけ
が、候補者を推薦しうる。
? 候補者は、すべて政党別にまとめて一枚の投票用紙に記載される。
? 選挙人は、投票用紙に記載されてしいる(政党の)一対となっている内閣首相同副首相候
補者の中から、自己の支持する組を選んで○印をつける。
? 投票は、各組別候補ごとに集計する。同一政党に属する候補者への投票は、一括してそ
の政党の得票とする。
? 前記の集計の結果、最多得票した政党の最多得票者が、内閣首相同副首相当選者とな
る。

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