CO2と水で自動車走る 資源小国・日本の救世主

2014/12/26 7:00日本経済新聞

「空気から燃料を作る」。こんな夢のような技術の実用化が近づいてきた。地球温暖化の元凶ともいうべき二酸化炭素(CO2)を分解して燃料の原料を生成するのが特徴で、日本企業が技術面で大きくリードし始めている。資源小国・日本の救世主となるか。注目を集めそうだ。

■ゴミ焼却場の横に燃料生成プラント

2020年初頭。ゴミ焼却場の隣接地に設けられた巨大プールを眺めると、その底にはいくつもの半導体パネルが太陽に向かって設置されていた。まるで太陽光発電の装置のようだ。だが、発電するわけではない。ゴミ焼却場が排出する大量の二酸化炭素をこのパネルで取り込んで一酸化炭素を生成。自動車数百台が1日に使う燃料に作り替えた――。

この青写真が日の目をみる決め手となる技術が人工光合成だ。この技術は水と二酸化炭素からエネルギーをつくり出す光合成の原理を応用する。半導体パネルで太陽光を受け、水を酸素と水素イオンに分ける。次に触媒を使って水素イオンで二酸化炭素を分解し、メタノールなど燃料の原料になる一酸化炭素を作る。厳密に言えば空気から燃料を直接作るわけではないが、環境汚染の原因となる二酸化炭素を自動車の燃料やプラスチックの原料になるメタノールに作り変えることができる。

日本ではすでに東芝やパナソニックのほか、トヨタグループの研究開発会社である豊田中央研究所(愛知県長久手市)などが重要分野の一つとして研究開発に取り組む。実現のポイントとなるのが、地表に届く太陽光エネルギーのうち生成できるエネルギーの割合を示す「エネルギー変換効率」だ。この数値が高ければ高いほど実用化に近づく。採算ラインの目安は10%だ。

もちろん、欧米やアジアなどのメーカーも夢の技術を手に入れようと懸命に研究を進めている。だが、ここにきて日本企業がエネルギー変換効率の上昇に成功。主導権を握る可能性が出てきた。

 今年11月。東芝は国際学会で変換効率を1.5%に高めることに成功したことを明らかにした。それまではパナソニックの0.3%が世界最高とされていた。植物の光合成の変換効率は一般的に0.2%と言われる。各社の技術は条件がそれぞれ異なるため単純比較できないが、東芝の水準は植物で最も効率の高い藻類の光合成の効率に匹敵するという。

ナノサイズの金を使った触媒の表面で一酸化炭素が発生する(東芝提供)

なぜ東芝は1桁も効率を高めることができたのか。その秘密は太陽エネルギーの使い方にあった。従来の研究では、水と酸素を分けるために使用する半導体には酸化チタンやインジウムリン、窒化ガリウムなどを使っていた。これらの素材は太陽光エネルギーの3%しかない紫外光しか利用できない。窒化ガリウムなどは価格も高く「実用化には向かない」(東芝研究開発センターの小野昭彦主任研究員)。

「紫外光以外の太陽光を活用したら効率が上がるのではないか」

太陽光エネルギーには紫外光のほかに、可視光と赤外光がある。そこで小野さんは太陽光のうち54%を占める可視光に着目。可視光を吸収できる素材を探し始めた。試行錯誤の末、シリコンやゲルマニウムが可視光を効率的に吸収できることを突き止めた。これらを重ね合わせることで独自の半導体を完成。価格も「従来の方法より比べものにならないくらい安くできる」(小野さん)。

さらに水素イオンで二酸化炭素を分解する過程も見直した。触媒にはナノサイズの金を利用。二酸化炭素を分解するためにかける電圧が小さくて済む。

例えば、ごみ処理工場の隣接地に人工光合成プラントを建設したとする。1万平方メートルのプールに半導体パネルを沈めて、ごみ処理工場から排出した二酸化炭素を1日に30トン反応させる。これにより生成した一酸化炭素を水素と結びつける。仮にエネルギー変換効率が10%に達していれば「1日に3700リットルのメタノールに変換することが可能だ」と小野さんは説明する。東芝は火力発電所などから出る排ガスから二酸化炭素を分離・回収・貯蔵する技術開発を進めており、こうした技術と組み合わせて提供する考えだ。

■世界のエネルギー情勢一変も

一酸化炭素はメタノールなど様々な燃料のほか、医薬品やペットボトル、接着剤などの原料にもなる。世界のメタノールの需要は年々増えており、23年には13年に比べ1.7倍の1億トンに達する見通し。商機は大きい。

経済産業省は今年8月に公表した「エネルギー関係技術開発ロードマップ」に人工光合成の実用化に向けた実証実験を22年度に始めるとの計画を盛り込んだ。官民挙げての研究開発がこれから本格化する。

環境省によると、13年度の日本の温室効果ガス(二酸化炭素換算、速報値)の総排出量は13億9500万トン。05年に比べて1.3%増えている。人工光合成に詳しい首都大学東京大学院の井上晴夫特任教授は「二酸化炭素は人間が出すのはもちろん、自動車のほか、火力発電所や化学工場など幅広い場所で出る。実用化できれば効果は大きい」と分析する。

人工光合成の技術の実証に世界で初めて成功したのは豊田中央研究所だ。今から3年前のことだ。そのときの変換効率はわずか0.03~0.04%。それから3年余りでエネルギー変換効率は約40倍に高まった。人工光合成は空気中の二酸化炭素を減らしながら、燃料まで生み出せる一石二鳥の技術といえる。資源の確保に四苦八苦してきた日本が世界のエネルギー情勢を一変させる日が来るかもしれない。

(電子整理部 鈴木洋介)

カテゴリー: エネルギー パーマリンク

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