憲法改正に関して

憲法改正に関して

◆憲法改正の流れ
 朝日新聞は1997年4月、憲法に関して面接方式による全国世論調査を行い、4月2
6日朝刊にその結果を載せている。それによれば、「改正する必要がある」が46%で、
「改正する必要はない」が39%になっている。
 これを世代別に見ると、20代の場合、賛成55%で反対37%。30代は賛成59%
で反対31%。40代が賛成52%、反対33%。50代で賛成44%、反対41%。6
0代が賛成36%、反対48%。70代は賛成24%、反対45%となっている。年齢が
高くなるほど反対が多くなる傾向にあるが、全体としては賛成の方向に向かっているとみ
ることができる。 
 改憲賛成派に具体的な改正点を聞いた項目があるが、その中で「国際紛争での軍事的役
割の明記」が10%で一番高い数値である。いわゆる9条問題だ。2番目が「首相公選制
や国民投票制度の新設」で8%という数字となっている。そのほかでは、「国や自治体の
情報公開」7%、「衆参二院制の見直し」6%、「自衛権の明記」5%、「プライバシーや
環境権など新しい権利」5%という数字になっている。
 政権が頻繁に交代し、サラリーマン化した政党は党利党略に狂奔し、その結果、小市民
的官僚が税金の無駄を行い、政治は国民の方を向いていない現在の日本において、国民に
直接選ばれた大統領制(首相公選)が、国家、官僚組織の総合的見直しに始まって破綻し
た財政の建て直し、いわゆる、「行革」が可能な唯一の残された選択肢となってきた。経
済の長期的右肩下がりが現実的になった今、なによりも国の根幹にわたる構造改革が急務
である。その前提が憲法改正であり、真の三権の分立であり、自衛権の明文化であり、国
民主権の明確化である。
 戦後半世紀にわたり、いたずらに平和憲法を唱え、市民社会における精神の研鑽陶冶を
怠たり、経済の発展にのみ忠実であったといっても過言でない過去の事実を直視し、かつ、
世界の安全に貢献することのなかった我が国にとって、国際社会における国民の生命の安
全と尊厳の確保のために、憲法を改正し独立した軍隊たる自衛隊の憲法上の認知を明文化
するなど、現実を直視した国家観を持たない限り、真の自立と責任を果たすことはできな
い。これは決して、戦前に戻ることにはならない。むしろ新しい「戦後」を形作ることに
なる。
 96年の安保再定義、それに基づく日米防衛協力の新ガイドライン、99年にはそれを
立法化した周辺事態法が成立した。アジア地域での米軍の戦争に自衛隊が後方支援をする
ようになった。インド洋への「情報収収集活動」のためのイージス艦霧島の派遣は、次へ
の一つのステップとなる。
 有事法制を制定する現状での狙いは、米軍がアジア地域の紛争に武力介入した際、日本
が後方支援に国民を動員する一歩進めた体制をつくることだ。このことは朝鮮半島が再び
不安定要因として台頭してきている現在、現実的な意味を持ってきているといえる。
 米国が「秩序の維持」や「人権擁護」を掲げて世界の地域的紛争に介入する背景には、
グローバルに展開する米国系多国籍企業の存在や相互依存を深めた世界経済があることは
自明の理だ。世界中で起こる地域的紛争からそれらを守ることは、米国の利益・安全でも
ある。このことを直ちに、アメリカ帝国主義と決めつけるのは短絡的で現実的ではない。
異なる文明の衝突論は紛れもない事実だが、テロ、核の脅威が存在する限り、抑止力とし
て軍事をはじめ、経済的抑止、外交とあらゆる手だてを講ずることはまた、世界の秩序の
維持という点で日本の利益・安全にもかなうことでもある。テロによる被害を恐れるあま
りになにも具体的な手だてを打たないというのでは、精神、倫理の荒廃以外の何ものでは
ないといえないだろうか。
 我が国にとって後方支援そのものが実質的な戦争行為であることは間違いない。すなわ
ち、集団的自衛権の行使だ。政府はあくまで「憲法の枠内」と言っているが、今後、更に
専守防衛の枠から自主防衛のための軍事行動を可能とすべき場面の想定を念頭に置いた場
合、憲法改正が必要不可欠となる。その場合、米国の要請如何ということではなく、我が
国の国益と世界の秩序の維持ということになる。朝鮮半島における不安定要因が増加し、
拉致問題が我が国の現実に解決しなければならない問題として、国民の関心が高くなって
いる現状を考えれば、なおさらである。
  これらの歴史的認識は、<村山談話>以降の国民の憲法改正に向けての声なきコンセン
サス形成の流れに符合するように思われる。
 戦後50年を迎えた95年8月15日、村山首相は「我が国は遠くない過去の一時期、
国策を誤り、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し
て多大の損害と苦痛を与えた」とし、植民地支配と侵略を「疑うべくもない歴史の事実」
と明言。改めて反省と謝罪を表明する談話を発表した。談話はその後続いた首相らも踏襲、
村山談話に沿った「おわびと哀悼」を語っている。事実としての歴史認識を背景に置き、
将来を見据えるという姿勢がなによりもこれからの歴史には必要なことである。
 植民地支配と侵略について反省とおわびを表明した「村山談話」とその中で自衛隊を合
憲と認めたことは、日本の政治のターニングポイントである。その後の政治で保守、革新
が対立軸たりえず、野党が凋落傾向を強めたのは当然の結果である。
 勢いを得た自民党が、ここぞとばかりに政治的攻勢をかけるのも当然である。すなわち、
「核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」という「非核三原則」について、憲法改正
の話も出てくるような時代になったからには、積極的に国際情勢や国民が『(核を持つべ
きだ』ということにならないまでも、核保有を全否定する時代感覚でもなくなってきてい
る」、との解釈も政府首脳の中に出てきている。現に、福田官房長官は、大陸間弾道ミサ
イル(ICBM)や核兵器の保有について「憲法上、法理論的に持ってはいけないと書い
てはいないと思う。積極的に政策判断として持つのはやめようというのが非核三原則だ」
といっている。そのこと自身は誤った見解でもない。また、安倍官房副長官が早大での講
演で「憲法上は原子爆弾の保有も問題ではない」と発言したとするなどの週刊誌報道もあ
る。
 日本の政治の本来果たさなければいけない大対立軸は、改憲、構造改革、国民主権、地
方自治の4分野であると思うが、これが戦後50年を経て、議院内閣制による罠ともいう
べき政治の大停滞を引き起こしているところに、最大の問題点がある。
 
◆首相公選論
 首相公選の仕組みについては、さまざまな提案がある。公選を戦後早くから唱えてきた
中曽根康弘元首相の案は、(1)直接の国民投票で過半数を得た候補を天皇が首相に任命
する(2)立候補には国会議員30人ないし50人の推薦か、有権者50万人ないし10
0万人の推薦署名を必要とする(3)任期は4年で2期まで(4)首相は国会を通過した
予算案や法案に対する拒否権を持つ、などの内容だ。
 厳密な意味で、世界で首相公選を採用しているのはイスラエルだけだ。1996年から
実施され、大統領とは別に有権者が直接選ぶ。立候補するには、10人以上の国会議員か
5万人以上の有権者の推薦署名が必要だ。だが、大統領制ならば、世界の半数以上がそれ
に該当する。日本で大統領制と呼ばないのは、天皇の存在を意識しての首相公選制という
ことで、実質的には大統領制と考えて問題はない。 
 公選実現には憲法改正が必要だ。「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、
これを指名する」(67条)などを変えねばならない。3権の分立ということからいえば、
国会議員の中から国会の議決で、これを指名するというのは、行政権の独立を侵す憲法違
反でもあるからだ。その場合、国会を「国権の最高機関」と定めている41条の改正も必
要だ。国会議員の信頼度が20%を切ってしまった現在ではなおさらのことである。

◆公選論の背景 
 2002年1月6日からの中央省庁再編では、首相官邸のスタッフを強化したほか、副
大臣・政務官制度なども導入され、「官僚主導に代わる政治主導の政策決定」がいわれて
いる。しかし一層の政治主導を実現するには首相公選しかなかろう。
 学者や経済人らのグループ「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調、亀井正夫
会長)が2001年秋に実施した国会議員アンケート(衆参両院議員のうち48.3%が
回答)では、全体の54.1%が首相公選を「前向きに検討すべきだ」と答え、「現時点
では必要はない」の30%を大きく上回った。自民党では「前向き」が42.6%にとど
まったが、民主党では73.6%にのぼっている。97年の朝日新聞世論調査と同一の軌
道にある。 
国会議員アンケート「首相公選論は検討すべきか」に対して 
(1)前向きに検討すべきである(2)現時点で、その必要はない(3)どちらともいえ
ない(4)不明 への回答は 
国会議員全体 54.1  30.0  15.3  0.6 
自民党    42.6  38.5  18.9   
民主党    73.6  12.4  12.4  1.6 
公明党    65.5  13.8  20.7   
共産党     88.9  11.1   
社民党       33.3  44.4  22.2   
自由党       14.3  71.4  14.3   
保守党    50.0  50.0     
 東京都の石原慎太郎知事も衆院の憲法調査会で参考人として出席した際、首相公選につ
いて「行政のトップに立つ内閣総理大臣を国民が選ぶというのは、現代ではごくごく妥当
な方法だ」と述べている。石原氏以外でも、長野県の田中康夫知事や高知県の橋本大二郎
知事らも首相公選論者である。 
 民間でも2001年11月に市民グループが「首相公選の会」(小田全宏代表)を設立。
討論会などを開く一方、国民の1割に当たる約1200万人の署名集めを進めている。ホ
ームページでの案内があるが、若干、渋滞状況にあることは否めない。
 その理由はいろいろあるが、自民党では中曽根氏に加え山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎
各氏の「YKK」が首相公選論者でありながら積極的に唱えてこなかった経緯がある。ま
た、民主党では元鳩山由紀夫代表が公選論者でありながら、前述市民グループとの連携を
一切とっていないという、鈍感さが災いしている。新代表の菅直人も更に鈍感だ。
 このほか、反対論では小沢一郎氏の元首との関係での否定論、共産党の「独裁的な強権
政治の基盤になる危険がある」(94年の党見解)、社民党の「議院内閣制を形がい化し、
行政優位の官僚制や危機管理対策をますます強めることになる」、などの理由にならない
論がある。首相公選問題は政党内、政党間の意見集約では絶対に不可能だ。議院内閣制と
いう魔法の杖の前で踊っている人たちが決められる範囲のこことではない。
 さらに首相公選とは、憲法改正を伴うものであり、現在の憲法では、衆参両院で3分の
2以上の賛成で発議され、さらに国民投票で過半数の賛成がなければできない。このよう
にハードルの高い憲法は、日本国民を変革という目標からすると、隷従に止まらせる難物
化したものものである。ゆえに、クーデターか憲法廃止新制定の立法化措置を経ない限り、
達成はできない。つまり、強大な国民運動が必要なのである。
 日本の政治は、リクルート事件など相次いだ政治スキャンダルを受けてこの10年余り
は選挙制度や政治資金制度の改革に取り組んできた。「衆院に小選挙区制を導入すれば、
政治主導の政策決定が実現できて政治の質も向上する」といった見通しも語られてきた。
だが、現状ではケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(KSD)事件に見られるように、
政治とカネをめぐるスキャンダルは絶えず、小選挙区制の導入で政治の質が高まっている
ようにも見えない。
 戦後の議院内閣制は、戦争の反省を踏まえて、特定の人物や機関に権力を集中させては
いけないという判断から導入された。
 廃墟の中から立ち上がるために、内閣が国会のコンセンサスの上に行政を進め、与野党
のエネルギーを右肩上がりの経済の中で吸収し、半世紀にわたる巨大官僚組織の経済支配
網の拡大を許す結果となった。日本の官僚組織はたとえていうと、中国共産党の組織と組
織論という点では同一であり、日本は行き詰まった自由主義共産主義国家である。
 現時点で議院内閣制は明確な憲法違反であるという、(3権分立の精神から)視点を国
民が共有する必要があるといえる。内閣は各省庁の寄せ集めであり、首相が行政を束ねる
段階に至っていない。政策決定は内閣とは別に自民党政務調査会などで進められている。
議院内閣制を鍛え直すためにも、憲法改正、首相公選を達成しなければならない。3権分
立論からいえば、現在の議院内閣制は、国会が行政府の上にあるという点で憲法違反だ。
 81兆円の国家予算をあがなうに、半分もの赤字国債を発行してまかなうなどというこ
とは、会社経営の感覚からいって、とんでもない話だ。有事ならバ、即刻、為政者の首を
飛ばさねばならない事態にある。                 次はいよいよ、憲法改正試案です。
つづく

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