日本国債 政府と日銀の危うい蜜月

日本国債 政府と日銀の危うい蜜月 2016/8/8 2:01 情報元 日本経済新聞 電子版

日銀が半年ぶりの金融緩和に踏み切った7月29日。9月の次回会合で金融政策の「総括的な検証」をすると伝わると、債券市場で長期金利がするすると上がり始めた。

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過去最低水準のマイナス0.3%付近から2営業日後の8月2日にはマイナス0.025%とプラス領域に急接近。「国債を買い続ける緩和策も限界か」(国内証券)との声も市場で漏れた。

日銀は国債を市場で買う。政府から直接引き受けて財政資金を供給する「ヘリコプターマネー」ではない。将来採用する可能性も否定する。だが違いは薄れつつあり「すでに片足を突っ込んでいる」(BNPパリバ証券の河野龍太郎氏)。

日銀が毎年買い増す国債は80兆円。1年に新規発行される国債の約2倍の額だ。今年3月末に市場に出回る国債の3分の1を買い尽くし、あと数年で限界を迎える。

しかも日銀が買い取る価格は額面を大きく上回る「高値づかみ」だ。日本経済研究センターの試算では差額(日銀の損失)の合計は2016年度だけで10兆円に及ぶ。

日銀はこの損失を数年に分けて計上するが、大規模緩和を続ければ、近い将来の赤字転落は避けられない。ツケは日銀から政府への納付金減少という形で国民が負う。

財政当局は日銀に「最大限の努力を続けることを大いに期待している」(麻生太郎財務相)。日銀がつくり出したマイナス金利は「まるで打ち出の小づち」(東短リサーチの加藤出社長)。政府は利払いの心配をせずにお金を使えるからだ。

金利の急騰は金融政策の限界を警告する

金利の急騰は金融政策の限界を警告する

事業規模28兆円超の経済対策を打ち出し、リニア中央新幹線の開業前倒しに取り組めるのも「借金が得」という異例の金利環境があってこそだ。

「物価2%を達成すれば大規模緩和は必ず終わる」と日銀幹部は断言する。だが歴史を振り返れば「金融政策は政治に左右される面がある」(東大の植田和男教授)。

植田氏が日銀審議委員だった1998年末から99年初め「資金運用部ショック」で1%以下だった長期金利は約2.4%まで跳ね上がった。当時の野中広務官房長官は記者会見で日銀に国債買い取りの増額を要求。日銀は拒んだが、その代償として、ゼロ金利政策の採用を余儀なくされた。

「資金放出に役立ち、公債発行を容易にし、金利水準の引き下げを促す(中略)一石三鳥の妙手」。旧大蔵省の「昭和財政史」は30年代に当時の高橋是清蔵相が仕掛けた「昭和のヘリコプターマネー」をこう記す。だがデフレ脱却後の財政引き締めに軍部が反発。蔵相は36年の二・二六事件で凶弾に倒れ、インフレは止まらなくなった。

黒田東彦日銀総裁は緩和の出口や財政再建を黙して語らない。9月の「総括」でも政策の限界に目をつぶるのだろうか。


綻ぶ「鉄の三角形」 日本国債(1)2016/8/7 情報元 日本経済新聞 朝刊

国の借金、日本国債。毎年100兆円近い予算の3分の1を穴埋めし、積もり積もった残高は2016年度末で838兆円に達する。ツケはいつか子や孫たちが払う。これまでは銀行などが買ってくれたので借金もできた。だが最近どうも様子がおかしい。

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■財務省「入札資格返上は裏切りだ」

安倍晋三首相が消費増税再延期を表明した2日後の6月3日。財務省を再び重い空気が覆った。「国債入札に特別な条件で参加できる資格を返上したい」。こう申し出た三菱東京UFJ銀行への対応をこの日、幹部たちが大臣室で話し合った。

「大変不本意であります」。迫田英典理財局長(当時、現国税庁長官)は三菱UFJの経営判断を尊重せざるを得ないと説明しつつ、珍しく不快感をあらわにした。「俺なら断るぞ」。三菱UFJ首脳が財務次官との面会を求めてきたと聞き、麻生太郎財務相は皮肉と怒気を絡ませた。

三菱UFJが返上を申し出たのは「国債市場特別参加者(プライマリー・ディーラー)」と呼ばれる資格。特別入札に参加し財務省との会合に出席できる代わり、ふだんの国債入札で一定の落札義務を負う。国債を安定消化する仕組みとして2004年に創設。名を連ねる3メガ銀と証券会社は市場のリーダーの役割を期待された。

なかでも三菱UFJは「プライマリー・ディーラーを検討していた当時、『証券会社だけでなく銀行も入れるべきだ』と財務省に熱心に働きかけてきた張本人」(ある理財局OB)。そんな経緯があるからこそ財務省は身内意識を抱き、国債市場を守る運命共同体だと思ってきた。そのぶんだけ「裏切られた」(財務省幹部)という失望と落胆も膨らんだ。

運命共同体を自認していたのは三菱UFJも同じだった。その心意気を映す幻の構想が数年前、経営陣に持ち上がった。政府と「アコード(政策協定)」を結ぶアイデアだ。アコードは政府と中央銀行が政策を約束し合う道具。三菱UFJが政府とアコードを交わせないかという発想だった。

「国債市場が乱高下しても三菱UFJはすぐ売りに動かない。代わりに政府は財政の信認向上と市場づくりに全力を尽くす」。幻のアコードが目指したのは市場の安定に向けた官民協力だった。国債相場が万一崩れれば、国だけでなく、大量の国債を持つ銀行が致命的なダメージを負いかねない。そんな危機感が背景にあった。

結局協定という形はとらなかったが「ここ数年の三菱UFJの国債市場への貢献は際立っていた」(金融庁幹部)。

アベノミクスによる株価上昇で一部の銀行が株式への投資を増やすなか、三菱UFJは国債買いを継続。結果として足元の国債保有額は他の2メガ銀を引き離す28.3兆円に達する。黒田東彦総裁の日銀が市場で国債を大量に買っている限り、値崩れはしないという計算も働いていた。

■三菱UFJ銀、マイナス金利に不満

財務省と金融界、そして日銀の相互依存にすきま風が吹き始めたのは、今年に入ってまもなくだった。

「今までと同じ会計処理で適切でしょうか?」。春先、公認会計士からの指摘に三菱UFJが身構えた。国債入札で得た国債を直後に日銀に高値で売り渡して利益を稼ぐ「日銀トレード」。三菱UFJもプライマリー・ディーラーの落札義務を果たしつつ日銀トレードを視野に入れた。

国債をすぐ日銀に売るつもりなら短期売買を目的とした勘定に分類し直すべきで、長期保有を前提とした今の勘定にそぐわないのではないか――。会計の専門家の目にはそう映った。短期売買のための勘定に移れば債券価格は時価で評価する。金利上昇は銀行収益を直撃する。

マイナスの利回りに目をつぶって満期まで国債を持ち、みすみす損失を被るのは経営の論理では許されない。「落札義務を利回りプラスの銘柄に絞ってもらえませんか」。会計士とのやり取りを経た三菱UFJは理財局に訴えたが、色よい返事は得られずじまい。「『落札義務を果たさなければ行政処分の対象になる』と財務省に言われ、三菱UFJはプライマリー・ディーラー維持は難しいと感じたようだ」(交渉関係者)

小山田隆頭取は6月10日の記者会見で「国債のマイナス金利が進む中で、プライマリー・ディーラーとして落札義務をすべて履行していくのはちょっと難しい」と発言。財務省と調整を進めていたプライマリー・ディーラー返上は日銀のマイナス金利政策の帰結だとにじませた。「銀行収益を圧迫するマイナス金利政策を突如始めた日銀への抗議だ」。ある他行幹部はそう受け止めた。

未曽有の量に達した日本国債の消化を支えてきた財務省・日銀・銀行の「鉄のトライアングル」。結束は静かにほころび始めた。そのことに当事者たちも気づいているが、マイナス金利で機能不全の市場がすべてを覆い隠す。「三菱UFJがプライマリー・ディーラーから抜けても国債市場への影響はありません」。財務省幹部はそう説いて回る。気づかないふりはいつまで続くのか。


国債がぶのみ、黒田緩和に危うさ 日銀大物OBが警告 日本国債(2) インタビュー2016/8/8 3:30 情報元 日本経済新聞 電子版

日銀の大規模な金融緩和で国債利回りはマイナスまで下がったが、物価は上がらず、財政規律の緩みも目立ち始めた。年80兆円ペースの日銀による「国債がぶのみ」に危うさはないか。元日銀副総裁の岩田一政日本経済研究センター理事長、元審議委員の植田和男東大教授、元金融研究所長の翁邦雄京大教授に聞いた。(インタビューは個別に実施し、再構成しました)

――黒田緩和をどう評価しますか。

翁邦雄 京大教授
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翁邦雄 京大教授

翁邦雄京大教授 短期決戦ならうまくいったかもしれないが、長期戦になって収拾が付かなくなっている。「2年で2%」に無理があった。国債をたくさん買えば物価は上がると言ったが、伝達経路がみえず、ロジック(論理)が曖昧になってきている。「期待を変える」というのもうまくいっていない。金融緩和は将来の需要の前借り。長期停滞の時に前借りばかりしていると先が空っぽになる。

植田和男東大教授 いったん(2%を目指して)走り始めているから、ゼロでもよいと後退はできない。国債を大量購入する緩和手法は限界に近づき、米経済がもっと強くなり自然に円安に転じるケース以外は、物価2%を達成するのはなかなか厳しいと思う。マイナス金利の効果もはっきりしない。

岩田一政日本経済研究センター理事長 来年の6月ぐらいには今の大規模な国債購入を続けるのが難しくなる。日銀は国債を額面価格よりずいぶん高い価格で買っており、その差額は2016年度だけで約10兆円に膨らむ見通しだ。国債が償還されるまでの期間にこの損失分を分割して計上していく。国債の金利収入で相殺しているが、近いうちに収支はマイナスとなり、赤字が膨らんでいく。

――副作用も目立ちます。

翁氏 国債市場がバブルになっている。償還価格が決まっている債券では本来バブルが起こりにくいが、今は「日銀が買ってくれる」という理由だけで、金融機関の日銀トレード(国債を日銀に転売してもうける取引)が横行している。バブル期の株価のように成長期待があるわけではなく、値上がり期待だけの空っぽのバブルだ。日銀の買い方に変化が出たり、出口がちらついたりすると一気に壊れる。13年に当時のバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長が出口の話をして市場が不安定になったことがあるが、今の日本は潜在的にもっと不安定だ。

植田和男 東大教授
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植田和男 東大教授

植田氏 物価2%目標の達成やそれに近づく時、パンドラの箱をあけてしまう可能性がある。過去にも外資系金融機関が国債の売りを仕掛けて何度も失敗したが、投機的な売りが成功する局面が来るかもしれない。インフレ率が仮に1%をはっきり超えて1.5%も視野に入り、その先も上がり始める気配が出てくると、金利は大幅に上がり始める気がする。財政の問題が金利に跳ねる。インフレをコントロールできなくなり、財政にリスクプレミアムが生じる。

――財政規律も緩んでいませんか。

翁氏 国債を出せば出すほど政府がもうかるようにみえる状況では、日銀が意図していなくとも、財政規律の緩みに歯止めがかからなくなる。(黒田東彦総裁は財政は政府の役割だというが)現実離れした議論だ。医者が薬を処方して強烈な副作用があっても「病気への効果は出ている。副作用は患者が我慢すればいい」というようなもの。日銀法には「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」とある。日本経済全体が健全になるのが大事で「副作用は他の人の責任」というのは建前論だ。

岩田氏 日銀に(財政問題の)責任があるのかといえば、筋が違う。それは財政当局の責任だ。金利がいくら低くても、財政再建は政府が全責任を負って管理する話だ。政治家は選挙で勝たないといけないので歳出は常に増やしたい、税金は少なくしたいという力が働く。民主主義のジレンマで、有権者が求めている。リタイアした人が増えると、その傾向はますます強まる。

植田氏 財政健全化は政治的にいつも難しい。日銀の金融緩和で低金利状態が長く続き、国債の金利が抑えられたので切迫感も生まれなかった。モラルハザードの状態で議論が前進しなかった。

――緩和の限界も近づいてきました。

岩田一政 日本経済研究センター理事長
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岩田一政 日本経済研究センター理事長

岩田氏 国債購入をさらに増やすこと、それをアナウンスすることは不可能ではない。ただそれをすると、緩和が持続不可能になる時期を早めてしまう。量を増やせば日銀のバランスシート、自己資本を毀損して最終的に納税者のお金を使うことになる。これを避けたいなら国債購入策を続けるのは難しい。ETFや不動産投資信託(REIT)の購入もそう。金融政策でデフレを脱却するのであれば、やっぱり(マイナス金利政策で)金利に戻るしかなく、それが正当なやり方だ。

植田氏 答えは誰も持ち合わせていないように思う。際物のような政策としてはヘリコプターマネーがある。例えば国民1人に100万円のお金を配り、日銀が全額引きうける。すると総額約100兆円の効果が出る。国内総生産(GDP)の2割の規模で、そのうち半分が使われても相当な支出刺激策になる。ただここまですれば、インフレを2%で止められないかもしれない。やり過ぎてインフレ率が3%や4%に達するかもしれない。そこまでしてやる価値があるか。財政や国全体を壊すリスクがある。

――政府との関係をどう考えるか。

翁氏 日銀の国債保有率がここまで上がってしまったのだから、今後、日銀が国債管理を無視して物価安定に特化し続けるのは無理だ。物価を安定させつつ、長期金利の乱高下や日銀の財務悪化を避けられるかが重要で、出口に向けた軟着陸の工夫や緊急時の対応策を考えなければならない。国債市場を安定させるための政策協定(アコード)などで具体的に考えていく必要性が今後高まるのではないか。金融政策はすでにアベノミクスの一部になっており、独立性の建前にこだわると弊害は大きくなる。

植田氏 (政治的な圧力に金融政策が左右されるかと問われれば)そういう面はある。1998年に国債金利が急騰した場面があった。旧大蔵省資金運用部が年末に「国債はこれ以上買わない」と需給を巡る発言をすると、1%を割り込んでいた10年物の長期金利が約2.4%まで跳ね上がった。当時の野中広務官房長官が記者会見で国債買い取りの増額を求めたのに対し、日銀は増やさなかった。その代わりに日銀はゼロ金利に向かい始め、長期金利を抑える時間軸政策をとった。そこは政治的な圧力があったとは言いにくいが、時系列的にはそういう感じになる。

(経済部 石川潤、馬場燃、中西誠、編集局 後藤達也が担当しました)

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