電気料金、5年で10%上昇 小売り自由化の恩恵乏しく

太陽光パネルを設置した住宅が立ち並ぶ(神奈川県藤沢市)

2016年4月に電力小売り全面自由化が始まって5年半。700社超に膨らんだ新電力は大手電力の寡占構造を崩したが、主要4電力の電気料金は平均で10%超上がり、消費者に恩恵が及んでいない。化石燃料への依存が続き燃料高が影響しているうえ、電気料金に上乗せされる再生可能エネルギー普及のための賦課金も上昇しているためだ。

増す家計負担

東京電力ホールディングス関西電力中部電力九州電力の小売部門が毎月公表する家庭向けの電気料金の推移をまとめた。21年9月の標準家庭の電気料金は東電だと7098円、関電は6826円、中部電は6747円、九電は6564円になる。

各社は16年春~冬に標準家庭のモデルを改めた。電気の使用量を月290~300キロワット時から250~260キロワット時に引き下げたため、モデル料金もそれまでより下がった。21年9月の電気料金は、今のモデルに改定した後の料金より9~16%高い。4社平均の上げ幅は12.5%に達した。

総務省によると、21年7月の全国消費者物価指数(15年=100)は102.1。厚生労働省がまとめた20年の一般労働者の月額賃金は、30万7700円と16年比1.2%増にとどまる。日本全体の物価が上がらず、賃金は伸び悩むなか、2桁を超える電気料金の上昇で、家計への負担は増す。

大手電力の料金が自由化で下がるどころか上がっているのは、発電燃料に占める液化天然ガス(LNG)への依存度が高いからだ。LNG依存が電気料金に如実に反映したのは20年末~21年初。日本を寒波が襲い、アジア市場のLNGのスポット価格は100万BTU(英国熱量単位)あたり30ドル前後と1カ月で3倍近く上がった。東電の場合、21年1~9月の上げ幅は12%に達した。ほかの3社も6~11%上がった。

自然エネルギー財団によると、20年の日本の電源構成のうちLNGの比率は34%。16年度から8.2ポイント減ったものの、全電源の中で最も大きい。原子力発電所の再稼働が遅れる中、電力大手は休廃止したLNG火力発電所を相次ぎ動かして対応にあたる。

蓄電池や送電網の開発が不十分な現状では、電気の安定供給のために化石燃料に頼らざるを得ない。21年には中国が日本に代わって世界最大のLNG輸入国になる見通し。中国の「爆買い」で日本の調達余力は相対的に絞られる。寒波や猛暑の時期に電気料金が上振れしやすい構造は常態化しそうだ。

参入企業は2.5倍

電力小売りの自由化で参入企業が増えたのは間違いない。資源エネルギー庁によると、小売電気事業者の登録数は21年3月末時点で713社。16年4月の291社から2.5倍になった。新電力と呼ぶ新規参入組は通信や給油、ガスと電気をセットにした新サービスを打ち出すなど、電力大手では打ち出せなかった料金メニューで攻勢をかける。

実際、新電力の料金は総じて電力大手より数パーセント安い。自前で大規模な電源を持たず、コストに占める固定費が少ないためだ。ただ、多くの新電力は卸電力市場から電気を調達して供給する。電気が余れば市場価格は下がり、足りなければ上がる。平時だと電力大手より割安な半面、月々の電気料金が変動しやすい。

通信会社系の新電力と契約する川崎市内在住の40代の会社員。通常の電気料金は月6000円台だが、21年1月に月8000円台に上がった。別の新電力と契約する京都市内の飲食店では、1月の電気料金が10万円と前月比約3倍になった。いずれも寒波で電気の需給が逼迫し、卸電力市場の価格が跳ね上がったためだ。「普段は割安だと感じていた。ここまで上がるとは」と経営者は話す。

新電力の販売シェアは自由化後5年で20%になったが、大規模な電源を持たずに電力調達を卸市場に頼る新電力が多い。大手電力がこぞって料金を引き下げるような競争は起きていない。

一方、自由化の根幹を揺るがしかねない事態も起きた。4月に関電と中部電、中国電力など4社が、7月には九電と関電、中国電など4社がそれぞれ公正取引委員会から独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で立ち入り検査を受けた。工場やオフィスビルなど企業向け分野で、お互いに顧客の奪い合いを制限するカルテルを結んだ疑いだ。

自由化で新電力にシェアを奪われる恐れから、不当な取引に手を染めた可能性がある。経営の効率化を進め、顧客満足度を高めるという企業努力が、地域独占に長く安住した大手電力にはまだ足りない。新電力が安定して電気を調達し、大手との競争環境を整える規制緩和を進める余地がありそうだ。

賦課金1000円時代も

電気料金が上がるのは国のエネルギー政策とも絡む。国は12年、再生エネを普及させるのに必要なお金を広く薄く国民から徴収する制度を始めた。再生エネの割合は20年に22%と16年度から7.4ポイント増えて過去最大になった。再生エネが増えるのに伴い、徴収する賦課金も年々増えた。21年5月からは東電などのモデル家庭で月873円と16年4月時点より91%上がった。

電力中央研究所(東京・千代田)は30年度に賦課金が、今より最大2割超上がると試算する。再生エネの発電コストは年々下がっているものの、賦課金に反映されるのは30年度以降の見通し。再生エネ賦課金「月1000円時代」が現実味を帯びる。

小売り自由化による「生みの苦しみ」は日本だけではない。1990年代後半から00年代にかけて自由化の波が広がった欧州。ドイツでは「年間一括前払い」などの割引サービスを打ち出した新電力の破綻が相次いだ。英国では日本と同様、燃料費の高騰で料金面での恩恵は小さい。90年代後半に自由化に踏み切った米国では一部の州で大規模停電が頻発し、今も自由化を続けるのは全50州の半分未満にとどまる。

電力自由化で後発の日本は、先行した欧米を反面教師にできる利点がある。電源の分散化、再生エネのコスト低減、蓄電池の性能向上、送電網の増強、卸電力など電力市場の透明性の向上など、やるべきことはたくさんある。民間の自由な競争を確保しつつ、安定供給へ政府の監督機能を強める。消費者がもっと恩恵を受けられる電力システムの実現は道半ばだ。

(鈴木大祐

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